旅日記:インド- ル・コルビュジェとネック・チャンド
音楽との遭遇に加えて、今回のインドの旅の目的は2つ。
1.ル・コルビジェ(Le Corbisier)の作った街を体験する
2.ネック・チャンド(Nek Chand)の作品を見に行く
という美術・建築系。前からどうしても見たかった。
ル・コルビジェは言わずと知れた、モダニズムの建築家・デザイナー。
フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ、そしてル・コルビュジェが近代建築の3大巨匠と称されるが、ミースの鉄とガラスの建物、ル・コルビュジェのコンクリートの建物と都市計画は、どちらも現代の日本の建築のベースと言えるだろう。
ル・コルビュジェの日本での代表的作品と言えば国立西洋美術館、家具ではLC2 Grand Confortが有名。モダンなソファはこのデザインに圧倒的に影響を受けている。
で、今回のお目当てのチャンディーガル。彼はこのインドの街の都市計画と裁判所や美術館、議事堂などの設計に'50年代を通し関わってた。
チャンディーガルの街は成り立ちも面白い。パキスタンとの北東、インドの北西に広がるパンジャブ地方は、独立の時パキスタン側とインド側の2つに分離させられてしまったのだった。
元々の州都のラホールはパキスタン側となってしまうし、インド側どうすんのよ?こりゃこっちも州都を作らんと、って。
それで当時小さな村が点在してたこの地域を更地にし、そこにあったヒンドゥ教のチャンデー寺院から名を取ってチャンディーガルと名付けたのだと。
そしてインド初代首相のネルーが新生インドの現代性、進歩性の象徴として「過去の伝統に束縛されない、将来の新しい国家の信条のシンボル」としての都市をつくる!と決めた。
それに基づいてアメリカ人建築家のアルバート・マイヤーとポーランド出身のマシュー・ノヴィッキによる都市計画をベースに、1950年、ル・コルビュジェに都市計画と主要な建物の設計が依頼される。
2007年の生誕120周年の時、ユリイカが特集したり、多くの本が出た時改めてポストモダンの限界の文脈から色々考えたりで、その中でチャンディーガルにぜひ行ってみなければ、思い始めた。
インド伝統的な装飾の多い建物の対極あるような、時にコンクリート打ちっぱなしで幾何学的なデザインのル・コルビュジェの作品が、建築後50年以上経っていったいどんな風に建っているのか、
あのインドの伝統とモダニズムの街って、いったいどう溶け合っているのか。
格子状に区切られた街路を車で回ってみる。
メインの通りは広く、街路は整備され、出来上がって50年以上経った街路樹は広い歩道に大きな影を作っている。
高層の建物はなく中層くらいの建物がかなりの余裕を持って建てられている。官庁街付近は「庶民のインド」とはかけ離れたイメージ。
しかし中心でも細い道や店舗の並ぶ一角は、おなじみのリキシャが客待ちをし、屋台が店を出している混在でほっとする。
人工的に骨組みが作られて半世紀以上経った中、じわじわモダニズムの構造にインド性が浸食しているのを見るのは、今急激に変化しているインドを考える時にとても示唆的だった。
翻って常に新しい建築が作られ続けている東京にはいったい何が常在してると言えるんだろうかと考える。
◆◆◆
もうひとつは、ネック・チャンド。
1924年、パキスタン生まれ。独立の混乱を避けてチャンディーガルにやってきた彼は、新しい都市計画に関わる道路建設の検査官として働く中、一日の仕事を終えると工事の廃材や割れた皿、大きな石などを集め、街外れの森の中の公有地にひそかに大量のセメント像を造り始めた。彼が34歳の頃。そしてその膨大な作品群はどんどん場所を広げて行き、彼はそれを「チャンディーガルの王国」と名付けていた。
そして14年後、再開発対象となったその地に測量隊が入り、ついにその王国は見つかってしまう。
しかしその2ヘクタールにも及ぶ作品群を見た市は、それを公園として保存しチャンドを公園の管理者として制作を続けさせることとしたのだった。
今も彼やその意思を共有するサポーターがその「ロック・ガーデン」を整備している。
この人の話を聞いて写真を見た時、なんともいえない気分でぜひ見に行きたいと思った。ル・コルビュジェのモダニズムの街と同じ街の一部に、そのモダニズムが廃棄した廃材を使い、合理性や生産性と言ったものから一切離れた行動をとっていた人がいたというのがとても面白いと思ったからだ。
壁に囲まれて中が見えない正面のチケット売り場で15ルピー払い、トンネルのような小さな入口をはいるとドロ遊びでつくったような不思議な造形が左右にたくさん並んで迎えてくれる。
そして寺院のような造形や、オープン・シアター、滝のある広場などが現れる。一人で作ったというのは本当に驚き。
それから先は圧巻と言える数の作品が起伏のある敷地に走る迷路のような道に沿って現れる。
あるものはタイルの廃材、あるものは電線の碍子、あるものは割れた皿、あるものはヒンドゥーの人が手首に巻く紐を各々大量に集め、像に埋め込んだもの・・・。像は人だったり動物だったり。
チャンドは近年アール・ブリュット/アウトサイダー・アートと名付けられるジャンルとして注目を集めたり、またリサイクル・アートに位置づけられたりと多方面からの評価が続いている。
ル・コルビュジェの作品巡りの後にチャンデの作品群を見た為か、色々なイメージが頭を巡った。
それはモダンに対するアンチテーゼの視点だったり、その過剰ともいえる手作業の作品の物量が表すインドならではのエネルギーとテイストだったり、同時にインドの伝統からのカウンター・カルチャーだったり。モダニズムの枠組みの街で、モダニズムの建物で働くお役所がそんなチャンドの作品群を残したのは、異物を残したい気づまり感があったのか、それとも異物をもモダニズムの管理の中に置きたかったのか?それともそれは自然な結論だったのかという疑問だったり。
割れた皿など様々な廃材は、その素材に関係していた人たちの記憶の断片を思い起こさせる。それは人々のエネルギーや命が姿を変えて生き続けることでもあり、語られる事のない小さな物語や歴史の積み重ねが我々の時間を作っていることを改めて提起しているのだと思う。
CDやメモリーに残らない無数の音が、楽器から、体から出てどこかへ消えて行く。そういう音も含めて自分の好きな音楽は出来ている。いや、メディアに固定されない音の方が圧倒的に多いはず。
大ヒットや話題にならなくても、無くてはならない音があり、一方多くの人に愛されても「平凡だ」「俗だ」とか言われてマニアに評価されない音もある。
そんな色々な音が時に混沌として、時にリズムを持って身の前に次々に現れたような、そんな音の積み重ねにも似た感覚をチャンドの「ロック・ガーデン」は自分に与えてくれた。































































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