旅日記:インド- ル・コルビュジェとネック・チャンド

音楽との遭遇に加えて、今回のインドの旅の目的は2つ。

1.ル・コルビジェ(Le Corbisier)の作った街を体験する

2.ネック・チャンド(Nek Chand)の作品を見に行く

という美術・建築系。前からどうしても見たかった。


ル・コルビジェは言わずと知れた、モダニズムの建築家・デザイナー。
フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ、そしてル・コルビュジェが近代建築の3大巨匠と称されるが、ミースの鉄とガラスの建物、ル・コルビュジェのコンクリートの建物と都市計画は、どちらも現代の日本の建築のベースと言えるだろう。


ル・コルビュジェの日本での代表的作品と言えば国立西洋美術館、家具ではLC2 Grand Confortが有名。モダンなソファはこのデザインに圧倒的に影響を受けている。

Corbisofa


で、今回のお目当てのチャンディーガル。彼はこのインドの街の都市計画と裁判所や美術館、議事堂などの設計に'50年代を通し関わってた。

Chandigarhcorbisier2

チャンディーガルの街は成り立ちも面白い。パキスタンとの北東、インドの北西に広がるパンジャブ地方は、独立の時パキスタン側とインド側の2つに分離させられてしまったのだった。

元々の州都のラホールはパキスタン側となってしまうし、インド側どうすんのよ?こりゃこっちも州都を作らんと、って。

それで当時小さな村が点在してたこの地域を更地にし、そこにあったヒンドゥ教のチャンデー寺院から名を取ってチャンディーガルと名付けたのだと。

そしてインド初代首相のネルーが新生インドの現代性、進歩性の象徴として「過去の伝統に束縛されない、将来の新しい国家の信条のシンボル」としての都市をつくる!と決めた。


それに基づいてアメリカ人建築家のアルバート・マイヤーとポーランド出身のマシュー・ノヴィッキによる都市計画をベースに、1950年、ル・コルビュジェに都市計画と主要な建物の設計が依頼される。

◆◆◆
コルビュジェの事を調べたり作品集をチェックし始めたのはずいぶん前のことで、きっかけは国立西洋美術館。色々な企画展を見に行くうちに突然建物が気になった。

Corbiseiyo


2007年の生誕120周年の時、ユリイカが特集したり、多くの本が出た時改めてポストモダンの限界の文脈から色々考えたりで、その中でチャンディーガルにぜひ行ってみなければ、思い始めた。

インド伝統的な装飾の多い建物の対極あるような、時にコンクリート打ちっぱなしで幾何学的なデザインのル・コルビュジェの作品が、建築後50年以上経っていったいどんな風に建っているのか、
あのインドの伝統とモダニズムの街って、いったいどう溶け合っているのか。


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格子状に区切られた街路を車で回ってみる。
メインの通りは広く、街路は整備され、出来上がって50年以上経った街路樹は広い歩道に大きな影を作っている。

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高層の建物はなく中層くらいの建物がかなりの余裕を持って建てられている。官庁街付近は「庶民のインド」とはかけ離れたイメージ。

Chandigarhcorbisier1


しかし中心でも細い道や店舗の並ぶ一角は、おなじみのリキシャが客待ちをし、屋台が店を出している混在でほっとする。
人工的に骨組みが作られて半世紀以上経った中、じわじわモダニズムの構造にインド性が浸食しているのを見るのは、今急激に変化しているインドを考える時にとても示唆的だった。

翻って常に新しい建築が作られ続けている東京にはいったい何が常在してると言えるんだろうかと考える。

◆◆◆
もうひとつは、ネック・チャンド。

1924年、パキスタン生まれ。独立の混乱を避けてチャンディーガルにやってきた彼は、新しい都市計画に関わる道路建設の検査官として働く中、一日の仕事を終えると工事の廃材や割れた皿、大きな石などを集め、街外れの森の中の公有地にひそかに大量のセメント像を造り始めた。彼が34歳の頃。そしてその膨大な作品群はどんどん場所を広げて行き、彼はそれを「チャンディーガルの王国」と名付けていた。

Nekchand


そして14年後、再開発対象となったその地に測量隊が入り、ついにその王国は見つかってしまう。
しかしその2ヘクタールにも及ぶ作品群を見た市は、それを公園として保存しチャンドを公園の管理者として制作を続けさせることとしたのだった。

今も彼やその意思を共有するサポーターがその「ロック・ガーデン」を整備している。


この人の話を聞いて写真を見た時、なんともいえない気分でぜひ見に行きたいと思った。ル・コルビュジェのモダニズムの街と同じ街の一部に、そのモダニズムが廃棄した廃材を使い、合理性や生産性と言ったものから一切離れた行動をとっていた人がいたというのがとても面白いと思ったからだ。

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壁に囲まれて中が見えない正面のチケット売り場で15ルピー払い、トンネルのような小さな入口をはいるとドロ遊びでつくったような不思議な造形が左右にたくさん並んで迎えてくれる。

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Taki

そして寺院のような造形や、オープン・シアター、滝のある広場などが現れる。一人で作ったというのは本当に驚き。

Nekko


それから先は圧巻と言える数の作品が起伏のある敷地に走る迷路のような道に沿って現れる。

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Kirin


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あるものはタイルの廃材、あるものは電線の碍子、あるものは割れた皿、あるものはヒンドゥーの人が手首に巻く紐を各々大量に集め、像に埋め込んだもの・・・。像は人だったり動物だったり。

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チャンドは近年アール・ブリュット/アウトサイダー・アートと名付けられるジャンルとして注目を集めたり、またリサイクル・アートに位置づけられたりと多方面からの評価が続いている。

ル・コルビュジェの作品巡りの後にチャンデの作品群を見た為か、色々なイメージが頭を巡った。

それはモダンに対するアンチテーゼの視点だったり、その過剰ともいえる手作業の作品の物量が表すインドならではのエネルギーとテイストだったり、同時にインドの伝統からのカウンター・カルチャーだったり。モダニズムの枠組みの街で、モダニズムの建物で働くお役所がそんなチャンドの作品群を残したのは、異物を残したい気づまり感があったのか、それとも異物をもモダニズムの管理の中に置きたかったのか?それともそれは自然な結論だったのかという疑問だったり。

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割れた皿など様々な廃材は、その素材に関係していた人たちの記憶の断片を思い起こさせる。それは人々のエネルギーや命が姿を変えて生き続けることでもあり、語られる事のない小さな物語や歴史の積み重ねが我々の時間を作っていることを改めて提起しているのだと思う。

CDやメモリーに残らない無数の音が、楽器から、体から出てどこかへ消えて行く。そういう音も含めて自分の好きな音楽は出来ている。いや、メディアに固定されない音の方が圧倒的に多いはず。

大ヒットや話題にならなくても、無くてはならない音があり、一方多くの人に愛されても「平凡だ」「俗だ」とか言われてマニアに評価されない音もある。


そんな色々な音が時に混沌として、時にリズムを持って身の前に次々に現れたような、そんな音の積み重ねにも似た感覚をチャンドの「ロック・ガーデン」は自分に与えてくれた。


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菊地成孔Presents "Hot House" @青山CAY 11.5.13

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震災の翌日の予定だったのが延期に。でもそのおかげで、自分のイベントとかぶって行けなかったはずが行けるようになった!ということで行って来ました。

去年のPit Innのテストランと比べテーブル席もあり「ダンスに遊びに来た感」強し。青山CAYは満員。


オープニング・アクト(?)は菊地・大谷によるPVの再現で笑いと共に楽しく開始。

Hot House PV Vol.1
Pv

→YouTubeでPVを見る

まずアモーレ&ルルさんによるリンディー入門講座。6ステップのベイシックからオープン&クローズドのポジション、ターンなどを教えてくれる。とても分かりやすい。パートナーのbetty嬢が「逆リード」してコツを教えてくれる。感謝。ラテンの様に腰を使うのとは違うのが面白い。

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そして"nadja"のDJタイム。アモーレさん&ルルさん(http://swing-jack.com/)が口火を切って踊ってくれるがさすがに素晴らしいコンビネーション。柔らかくてスピード感がありかっこいい。何人かと踊ってもらってちょっと体が馴染んだ所で、瀬川昌久先生によるレクチャー。

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Lindyの定番映像”Slim & Slam Allstars”から、映画Birdの映像、そしてUKのBrothers In JazzからBe bop danceのシーンまでJazz vs Danceの遊びのさわりを。瀬川先生のなめらかでかつパッションのある解説は刺激的。87才とはとても信じられない。

Slim & Slam Allstars
Slimslam

→YouTubeでSlim & Slam Allstarsを見る

Al and Leonのチャールストンは1930年代からのスタイルを引っ張ってると思うけど、そこにはマンボへ、ブレイキングへ、JBへとつながる身体の動きがある。

だからロンドンでビバップ・ダンスが生まれてきたのも当然。Al and Leonの映像にHip Hop音をかぶせてもかなりイケてるのもある。


Originaluprock

→YouTubeでPVを見る


そしてナマ音へ。
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今回のメンバーは(2ユニット/敬称略)
ピアノ:坪口昌恭 (from 坪口昌恭カルテット、DCPRG、ダブセクステット)、平戸祐介(クオシモード)

アルトサックス:津上研太 (from BOZO、DCPRG)、宮崎勝央 

トランペット)類家心平 (from DCPRG)、市原ひかり

ベース:永見寿久 (from 坪口昌恭カルテット)、大和康夫 (fromアンフォルメル8)

ドラム:藤井信雄 (from ジュリエッタマシーン)、服部マサツグ

◆◆◆

曲はNow’s the Time,Scrapple from the apple..と始まってビバップの定番オンパレード。そしてCu-bopも.。Setの切れ目にBe-bop dancerたちのバトル。そしてLindy Hopとのバトル。これがまたかっこいい。
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◆◆◆

たっぷり踊りました。6カウントのベーシックだけど。早い曲はペアではキビシかった。もちろんアモーレさん&ルルさんやLindy Hopperなダンサーは楽々。6カウントなのか8カウントなのか見分けつかず。ソロのパッセージの変化に合わせてダンスの刻み方も変わったりする。

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一方、Be-bop dancersは基本はソロで勝負、っつーか思いっきり踊る。そして、やはり音に反応しアタックする。

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同じ音に違ったスタイルが混在して皆で楽しんでるフロアはいいね。そしてそこに瀬川先生が奥様とゆったりと踊ってる。

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と言うことで、スイングの熱狂の後、なぜジャズがダンスから離れて行ったのか?またはダンスがジャズから離れていったのか?または、本当に離れたのか?

そしてアシッドやらクリス&ジャイルス、スノウボーイやらNu-Jazzとかの中のノーザンやビバップ・ダンスなどジャズとダンスの関係は?、昔と今のダンサーに違いはあるのか?とか言う疑問をまた考えてみる。

それはエレクトリック・マイルスが旧来のジャズ・ファンに理解されなかったという昔の話や、ラテンやヒップホップや例えばビル・ラズゥエルの音に対するジャズ・ファンの評価のズレのこととかと共通するものがうしろにある気がする。

ということで、前からの疑問が解けるのはまだ時間がかかりそう。

また7月だったか、次回ライブ・イベントが行われるとか。今度は大儀見さんも参加して、アフロ・キューバン色もたっぷり楽しめる模様。次回が楽しみ。

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旅日記 11.3 ケニア

今回はナイロビとモンバサ

ナイロビケニアの首都で1700mの高地にあります。だから涼しい。(日中はそれなりに暑いけど)
東アフリカでは一番の都会。

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空港から街中までの車の中、おとなしそうな爺運転手にラジオをつけてもらう。
いつもの旅占い。

軽やかなギターにアフリカらしいビート。ベースがめちゃかっこいい。
リンガラ?いや、もっとマイルド。言葉もリンガラっぽくない。スワヒリ?うーん。

アナウンサーが何か言った。でもスワヒリだからわからない。

モフォ「ねえ、この音だれ?」
運転手「あん?デオ・ミシアニだって言ってたよ」
「ミシアニ?これベンガ?」
「あん?イエース、ベンガだよ」

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ベンガ/Bengaはケニアのルオの人たちの音から出てきた60-70年代に出来上ったって言われる音楽。
ルオの人たちってビクトリア湖/ウガンダあたりからケニアの西の方に住む人たち。名前がO(で始まることが多い。オディアンボとかオカチとかオチョラとか。

もともとニャティティって弦楽器を持ってる人たちがエレキギターやベースの時代になって作り上げたスタイルの音楽。そしてその元祖みたいなのがダニエル・オウィノ・ミシアニ/Daniel Owino Misiani、そうD.O.ミシアニなのだ。

そうか、今回の旅はこれを掘れっつーことか!(←いや、そうじゃなくて仕事で来てるんですが・・・)

ということでベンガの歴史のCD&DVD(ブックレット付)をゲット。
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◆◆◆

ナイロビでの仕事をこなし、翌日はモンバサへ。

モンバサは東アフリカ第一の港町であると同時に海辺のリゾートホテルがあったりする観光地の側面も。

元々アラブ人が統治していたがポルトガル人がやってきて植民地にし、そして17世紀には再びアラブ(オマーン)領となってまたポルトガル領となり・・・と文化がまじりあう。そして19世紀に英領となって'1963年のケニア独立とつながっていく。

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旧市街の混じり合いは不思議。かなりボロボロだけど、ポルトガル領の香り、アラブの香り、そしてブラック・アブリカの香りが同時に感じられる街並み・建物。どこに迷い込んだのだろうと思うようなエキゾチックさと浮遊感と香料の香りが漂う。

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このの音楽とは直接触れ合えなかったが、やはりアラブとスワヒリが混じり合う音があるという。
ぜひ次回は掘り下げねば(←いや、仕事で来てるんだって・・・)

◆◆◆
ナイロビに戻ると友達が言う。 友「明日は早起きして公園で散歩しよう」

ということで朝6時、まだ暗いうちに宿を出る。
車でちょっと行くと公園にに着いた。

『ナイロビ国立公園』
何人か朝の散歩に来ている。犬の散歩のためではないようだ。
公園とのことだが、滑り台もベンチもブランコもない。

中に入ると地平線の向こうに日が昇ってきた。夜明けだ。
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あ、のらキリンが朝飯を食ってる。
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あ、のらバッファローが用を足している。
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あ、のらだちょうが朝のおしゃべり中。
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こどもキリンがこちらをじっと見ている。

あ、のら人間がいる


と言っているようだった。


◆◆◆

3時間ほど公園を散歩し、外へ出た。などへ戻る途中キベラの横を通った。

キベラは、南アのソウェトに次ぐアフリカ第二の規模を持つスラム。赤茶けた屋根がずっとならぶ風景。ソウェトとおんなじ。一人当たりの1日の稼ぎは1ドル以下だという。でもここにパワーがきっとあるのだ。ここに貧しくてそして普通の生活があるのだ。きっとラップとか形の都市の音楽があるに違いない。

ぜひ次回は掘り下げねば(←だから、仕事で・・・)

◆◆◆

ケニアでは会う人会う人全員が皆地震と津波のことを心配してくれた。原発の事も伝わっていて「ずっとおれんち泊ってればいいよ」「家族も呼び寄せろ」「寄付をしたい」・・・

YouTubeをみるとなんとキベラの子供たちが日本のために祈ってくれていた。


なんとも気持ちの落ち着かない日々が続いているけど、

こういう子供たちの声を聴くと

力が湧いてくる気がする。

ありがとう、みんな!

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マイク・スターン・バンド@Blue Note Tokyo Jun2, 2010, 2nd.

With ランディー・ブレッカー(tp)、リチャード・ボナ(b)、デイブ・ウエックル(ds)でやってきたマイク・スターン
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ボナ・ファンとしてはライブでマイクとどう組むのかを見に是非行かねばと言う事で、南青山 Blue Note, 水曜の2ndへ。

よく入ってる。やっぱマイクを筆頭にどのメンバーも達人でファンが多いもんなぁ。
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ステージに出てくるなりオチャメなマイクは、曲を始めるとすぐにギター少年に。
1曲目は最新盤 『Big Neighborhood』から "Coupe de Ville"。バップぽく、ちょっとモンクっぽいメロをうねうね。

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ジャズ・フレーズにロックを絡ませるがアウトしていかないのが彼だ。"There is No Greater Love"のメロを織り込み、またコルトレーンを織り込んだりとたのしませてくれる。

温まったところで次は"Avenue B"。'04年の『These Times』から。抑えた憂いを帯びたメロで、ときに激情。ボナのフォローがまたいいのだ。

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そして再び最新盤 『Big Neighborhood』より"That's All It Is"。ハッピー。とても彼らしい。フレーズにマイルスを織り込む。オリジナルでは、ハモンドが入っているけど、マイクはギターでそんな感じのバッキングつけたり。楽しそう。

4曲目は"Still There"。'01年の『Voices』から。マイクのソロ、そしてボナのボイスとドラムが加わる。ボナの声とゆったりとしたテーマのリフレインやコード・チェンジはメセニーを連想させるけど、やっぱりスターン。もっとシンプルでソリッド。

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この曲の入っている2001年の『Voices』は彼が「ワールド」な匂いに傾いたアルバムだってけど、でもやっぱロックでファンキーなキャラならでは、の音だったのを思い出す。そしてランディーが最後に入って来るとまた大きく色が変わった。面白い。

しかし、ボナはすごいよなー。ポップで柔軟。

そんなボナのお約束(?)のソロの曲"Samaouma"。仏語読みだと「サマウマ」。まずアフリカなちょっと泣けるメロ。アフリカでの生活を思い出すわ。

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楽しいメロのフレーズを歌い、その場でコンパクトエフェクターに取り込む。そしてそれをループさせハーモニーやパカッシッブなアクセントを重ねる。

だんだんコーラスが厚くなってゆくのが楽しいし、ぴったりハーモニーが合うのに驚いてしまう。そしてそれをバックに透明な歌。あーー。


さて、マイクが戻り"Tipatina's" '99年の『Play』だ。最後の曲。 オリジナルよりハード。そしてオリジナルのデニチェンもかっこよかったけど、デイブ・ウエックル、すごいわ。かっこいい。ソロの作りが異常。マイクもバリバリだし、ボナは煽るし、もりあがりました!

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そしてアンコール。このジミヘンっぽいテーマは・・・最新盤のテーマ"Big Neighborhood"。

アルバムではなんとスティーブ・バイとの共演で、ギター小僧の楽しさが伝わってくる出来だったけど、ライブはよりヘビーにかましてくれました。

ボナはずっしりとしながら、ところどころで入れるオカズがもうかっこいい。一瞬の反応とアイディアで色を変えたり空間を作ったりする。すごい瞬発力。


ランディーもコントロールの効いたアウトとソロの構成力、そしてロック・スピリットも見せるフレーズで泣けました。

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◆◆◆

マイクはロック魂満載でした。このロック・スピリッツ大盛りの音にランディーが、ボナが、ウイックルがどう絡んで音を作ってくかも聴き所だった。

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ボナのインスピレーションが、彼の引き出しとタイミングとダイナミクスを掛け算させ、スターンのイメージをサポートし、刺激や時にいたずらを仕掛け、また空気を変えてゆく、そんな豊かさを堪能。


帰りがけ、ちょっとだけボナと話した。ちょっとだけカメルーンなまりを感じさせるフランス語。
カメルーンのドゥアラの街の躍動感を思い出した。


楽しい夜でした。

公演はJun6まで。

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Tower of Power @Billboard Live Tokyo, May 13

小学校3年頃か、POPS/ROCKを聴き始めた頃は、ジャンルもよくわかんないし今以上に雑食。でも好みがあったんだと思う。

中学で始めたギターがその内ベースになっちゃたのも、その好みのせいに違いない。(←ギターに上手いやつがいたのも理由・・・)

そんな少年が何度も繰り返し練習した「好み」は一体何が基準だったのか?今見てみると分かる気がする。

ジェイムス・ジェマーソン、キャロル・ケイ、リック・ダンコ、リー・スクラー、ポール・マッカートニー、チャック・レイニー、ジャック・ブルース、ダック・ダン、ラリー・グラハム、ウイルトン・フェルダー、ロバート・ポップウエル、ウイリー・ウイークス、バーナード・エドワーズ、ジョセフ・スコット、ブーツィー・・・・・・・まだジャズやらジャコやらラテンやらに行く前だった。


そんな大好きなベーシストの一人がフランシス・"ロッコ"・プレスティアだった。タワー・オブ・パワー!ロッコの細かく刻むファンク・スタイルは、めちゃかっこいい。ジャコにも大きく影響したのがよく分かる。


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タワー・オブ・パワーの今までの来日では時間が合わなかったが、今回はついに参戦。@Billboard Live Tokyo。

◆◆◆

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一曲目のSoul Vaccinationからひたすら泣き。2列目のテーブルだから、すぐ前にエミリオ・カスティージョ(ts)、ステファン・クプラ(bs)、ミック・ジレット(tp・tb)のオリジナル・メンバー。そしてロッコとディヴィッド・ガリバルディ(ds)の鉄壁のリズム・セクションがいる。

あとは、ややこしい事は考えずに音を楽しむのみ。

お約束のヒット曲が続く。

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Soul VaccinationOnly So Much Oil In The GroundYou Strike My Main Nerve

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You're The MostWilling To LearnYou Got To Funkifize

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Walkin' Up Hip StreetThis Time It's RealWhat Is Hip/Soul PowerSouled Out・・・・・・

◆◆◆
いやー、楽しかった。
終わって友人たちと余韻を楽しみ、出口へ向かうと、おお!ロッコ先生だ!「先生、中学、高校時代はお世話になりました。"Oil on the Ground"はずいぶん練習しました。」と頭を下げ写真をお願い。ははは、最高。中学の時にゃ、100年後に本人と話するなんて考えすらしなかったなぁ。

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という事で"Only so much oil on the ground"。今はYouTubeで先生自身が教えてくれる時代。ありがたいねえ。

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YouTubeでロッコ先生のレッスン(Only so much oil on the ground)を見る


でもロッコ先生、こんな風に言ってるんです。

「"伝説の"なんて言ってくれるのはおだてすぎだな。ファンのみんなにはオレのスタイルを真似るだけじゃなくて自分自身のスタイルを創って欲しいと思ってる。オレはステージでバンドが(音を創ってる)ゾーンに"行っちゃう"瞬間が好きなんだ。ちゃんとプレーできる状況で、ステージでは一人、自分が料理する時間。未だにコイツがドキドキもんなんだ。その瞬間はホント特別。バンドやってる最高の時だ。--おれたちはグループであり、そして同時に個人個人のプレーヤーであるって感じだ。」

自分が自分自身であるって事が最高で、そしてそれは当然自分で自分の時間を仕切る楽しさとたった一人の身震いの同居。そしてそんな皆が集まったバンドで演ることの楽しさが伝わって来る。音の通りだなぁ。


これも大好き、ロッコ先生がフレッド・ホーンとやっている"Come To Me"。
このベースもかっこいいのだ。

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"SOUL TRAIN"で皆がこの曲に合わせて"ポップコーン"を踊ってるのも最高!70年代のこの辺のサウンドは力があるなあ。

YouTubeで"Fred Horn's furiously funky tune "Come To Me"を見る

◆◆◆

思えば最初に自分にしみついたのは1972年から75年くらいが中心の音かも、あの頃のリズム感覚は同時代にあったいろんな音にどこかで相互影響してる。そして今でも気持ち良い。

タワー・オブ・パワーで言えば、まず、1972年の『BUMP CITY』。"You Got to Funkifize"や"You Strike My Main Nerve"!次いで『Tower of Power』。もちろん"Soul Vaccination"と"What is hip"。1974年の『Urban Renewal』も好き。"Only So Much Oil in the Ground"。

そして同時期のブラスの入ったバンドやソウル、ファンク、ラテン、各々絶対に一緒に楽しむべき、カッコイイ。

まず西海岸ならウォー/WAR!
1971年の『War』と『All Day Music』、1972年の『The World Is a Ghetto』、1973年の『Deliver the Word』
War_the_world_is_a_ghetto


同じく西のスライ&ザ・ファミリー・ストーン
1971年の『暴動 /There's a Riot Goin' On』
Riot


カーティス・メイフィールド
1972年の『Superfly』 、1973年の『Back to the World』
Superfly


ハンコックもかっこいいなあ
1971年の『Crossings』、 1972年の『Sextant』 、1973年の『Head Hunters』、 1974年の『Thrust』
Thrust


マイルスも当然素晴らしい。
1970年の 『At Fillmore』と『Live=Evil』、1972年の『On The Corner』
Miles_on_the_corner


そして・そして、NYラテンは、と言えばファニア・オールスターズ
1972年の『Live at the Cheetah, Vol. 1&2 』、1974年の『Latin-Soul-Rock』、1976年の『Live at Yankee Stadium, Vol. 1&2』
Latinsoulrock


もちろんエディー・パルミエリも外せない。
1972年の『Live at Sing Sing, Vol. 1&2』と『Sentido』1973年の『The Sun of Latin Music』、1974年の『Unfinished Masterpiece』
Thesunof_latin_music


来月来日のジョー・バターンも外せない。
1973年の 『Salsoul』そして1975年の『Afro-Filipino』。
ジョーを単に「ブガルーの人」とか言ってはいけない。言うなら「ラテン・ソウル」でなくては!
Joe_bataan_salsoul_1974

タワー・オブ・パワーの音から来月のジョー・バターンまで頭を駆け巡った夜でした。


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